うらはらの下心



「・・・・・・いってェェェェ・・・ったく、容赦ねェなぁ」
 一応気孔で手当てはしたものの、まだじんじんと痛むらしいアゴに手をやりながら、悟浄が うらみがましくボヤいた。

「本当に手加減ナシなら死んでますよ」
 あきれて忠告してやる。



 ――― いつまでたってもこりないというか。

 例によって例のごとく、三蔵を口説きにかかってあっけなく返り討ちにあったのだ。
 現場は見ていないが、肩に手をかけるか抱きついたかしたところをヒジまたは拳のアッパーカットをくらった様子・・・とカンタンに推測できる。


「大体、三蔵って俺に厳しくねーか?。俺がちょっと近寄るだけでキッ、とかニラみやがるしよー」
 悟浄はまだボヤいている。
けっこうしつこい。
 でも相手しないとますます機嫌が悪くなるしなぁ・・・ジープに夕食をやりに行きたいんだけど。



 ――― 仕方ない、長いつきあいのよしみで、グチを聞いてあげよう。


 そう決めた僕は、悟浄がイスがわりにしているベッドの近くにある簡易椅子に腰を下ろした。

「悟浄に厳しいのは警戒してるからでしょう」
 スキあらばベタついたり口説いたりしにくる相手に、三蔵が気を許すはずもない。

 悟浄くらいの男にそんなタイドをとられて喜ばない人間って、実際は少ないと思うけど。
 赤い髪をした半妖怪の意中の相手・玄奘三蔵法師は、悲しいことにその少数派のひとりだった。


 悟浄が大きくうなずく。
「だよなー !!。三蔵が悟空に一番気を許してるのは・・・まあ、親と子みたいなモンだし?。分かるんだけどよ。俺とお前でタイドが違うのが納得いかねーんだよなー。八戒、お前なんてハリセンくらったことないだろ?、撃たれたこともないだろ?、後ろから近づいただけで回し蹴りくらったこともないだろー?」

「ないですね・・・・でも逆にうらやましいですよ」
「・・・・・ハ?」

 元同居人相手で気がゆるんでいたせいか、ついポロッとこぼれたホンネに、悟浄が切れ長の目をみはってこっちを向いた。


 しげしげと僕をみつめて、ひと言。


「回し蹴りくらいたいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 悟浄がアホ・・・いや、ちょっとニブいヒトで助かった・・・と安堵する。
もちろん僕がうらやましいのは三蔵に回し蹴りをされることでは断じてナイ。
 だから、妙な誤解をされないうちにちゃんと否定はしておいた。









「はっかーいっ!!!!」


 突然、部屋の扉が乱暴に開かれた。
何度僕が教えても何度三蔵に(体罰込みで)怒鳴られても、興奮するとノックを忘れるクセはまだ直っていないようだ。

 廊下をドタドタと走る物音と、それが僕たちの部屋の前で止まった辺りから予想はついていたのだが。
 そう、先刻 夕食を山ほどたいらげて上機嫌の悟空である。


「どうしたんですか、悟空」
「花火って何?!!」

 悟空が突然前フリもなく話題をふってくるのはよくあることだが、今回はずいぶん変わった単語が飛び出してきた。多少驚く。

「ハナビ?。なんだそりゃ」
 ベッドサイドの灰皿に短くなったハイライトをこすりつけながら、悟浄。



 ――― 確かに、普通に暮らしていたら なじみのない言葉だ。

 そこまで考えてやっと気付く。
そういえば今日泊まっているこの街は、花火で有名な観光地だ。


 悟空はその育ちから大のつく世間知らずだし、基本的には悟浄も一定地域に暮らしていたわけだから、西の一部地方の名産を知らないのも無理はなかった。

 僕だって十九歳まで知らなかったし。



「明日花火大会があるんだってさっ!!!。行くと面白いって客のヤツから聞いたんだーっ!!」
 悟空は大きめの声で元気にしゃべった。
なんだかよく分からないものの、好奇心が刺激されているらしい。



 なるほど。
宿がやけに混んでたのはそのせいだったのか。
やっと合点がいった。

 ジープでの長い走行の旅に、そろそろベッドで休みたいと街を探してやってきたのはいいが、混雑がひどくてもう少しで部屋がとれないところだったのだ。
 妖怪の凶暴化がひどいこの時世に、だ。

 運良くキャンセルのあったツイン部屋がひとつと、シングルに補助ベッドが確保できたからよかったものの、街までついたのに野宿じゃ、三蔵の機嫌が地の果てまでいくのは必至だったから かなりホッとした(ちなみにツインに三蔵と悟空。狭いシングル部屋が僕と悟浄になっている)。

 混雑の理由も気になったのだが、まずなにより先に夕飯!!!、という運びになってそのままとりまぎれてしまったのだけど―――。





「うーん、明日ですか。悟空、花火というのは夜やるものなので、ムリかもしれませんよ。三蔵は明日出発って言ってたでしょう」
 明日出発といったら昼前には発つつもりだろう。
旅の指針を決定するのは絶対に三蔵だ。とりあえず、過度な期待をさせるのもかわいそうなので早めに教えてあげる。

 まだ花火の説明もしていないのに、悟空は えー?!、とコドモじみた抗議の声をあげた。
「俺っ、三蔵にきいてみるっ!!!」
 が、あきらめる気はないらしい。そのままダッシュで部屋を出て行ってしまった。
 とにかく素早い。


 取り残された形の僕と悟浄はなんとなく顔を見合わせた。

「・・・・・僕たちも行きます?」
「・・・ああ」







 階段をひとつ上ってすぐが三蔵と悟空の部屋だ。
ノックして扉を開ける。
 ふたつ並んだ木製ベッドのひとつに座って新聞を広げている三蔵の姿が目に入った。夕食が終わると、疲れていたのかすぐに部屋に引っ込んでしまっていた。
 いるのは当然分かっていたのに、それでもその姿が視界にはいるのが嬉しく感じられる。


「失礼します」
 アイサツしても、三蔵は新聞から目もあげなかった。
それも別段いつも通りなので気にしない。
 三蔵のベッドに両手をかけた姿勢の悟空が、保護者に向かってダダをこねている。

「なーっいーだろいーだろいーだろーっ!!。行こーよーさんぞーっ」
 読んでいた記事がひと段落したらしい、三蔵がようやく活字から視線を上げた。まとわりつく被保護者を一瞥する。そーゆー上目遣いは僕以外にやたらめったにしないで欲しい、とひそかに思ってしまう。

「――― どこにだ?」
 どうやら悟空は『行きたい』とせがむばかりで用件は話していなかったらしい。


「ハナビ大会だろ?」
 僕の後方で後ろ手にドアを閉めながら悟浄が口を出した。

「ハナビ・・・・・?。何だそれは」
 かすかに首をかしげ、三蔵はかけていたノンフレームのメガネを外して僕のほうに視線を向けた。
 説明しろ、という意図を察知して僕は話し始めた。とりあえず花火大会ということなので打ち上げ花火だよな、と考えつつ、

「花火というのは、黒色の火薬類を調合して、玉や筒などに詰めたものです。着火して空中に打ち上げるとキレイな火花が出るように細工されていて、鑑賞する芸術品ですね。円形の花がノーマルですが、蝶の形なんかもあるようです」


「「「・・・・・・」」」


 僕の言葉に、全員が黙り込んだ。
三蔵は眉間を寄せている。懸命に想像しようという様子がなんだか微笑ましく見える。
 確かに、実物を見ないとなかなか浮かばない気もする。
三蔵の中で火薬といったら危険物で兵器なわけだし。


「せっかくだし見ていきませんか?。貴重だし、面白いですよ」
 悟空も行きたがってるし、ジープを少し休ませないと、と付け加えると、三蔵は険のある目で僕をにらんだ。
 ジープの名を出せば、反論できないのを知っていて口に出した僕に対する抗議だろう。
 ジープは唯一の交通手段で重要な存在だし、実は三蔵がかなり彼を気に入っているのを僕は知っている。

「そーしよ!!!。なっ!!」
 悟空が三蔵の法衣をにぎってねだる。
ひとつため息をついた後、三蔵はうなずいた。







 翌日。
一日休んで疲れを癒した僕たちは、日暮れ頃に町のはずれへと足を伸ばした。

 はずれといっても、うら寂しいものでは決してない。今日ばかりは屋台がズラリとたち並び、街中の人間が集まってきている。
 近隣の村からの来訪者も多いようだ。

 もともと火薬は貴重品なので、花火は一般市民には縁がない。特に打ち上げ花火は。
 金持ちの邸宅で、祝い事などに用いられるくらいだ。
それが一般に公開されるのは年に一度で、住民は今日の日をよほど楽しみにしていたのだろう。

 僕が以前に訪れたのはこの街ではなかったが、そこも同じく、数年に一度花火大会を開いていた。
 移動に一週間近くもかけて花火見物に行くなんて酔狂といわれそうだけれど、ひどく楽しい思い出だ。





「さんぞーっ、あの焼きイカ食いたい!!。大判焼きもっ!!」
 稼ぎどころと にぎわう屋台から流れてくるいいニオイに、悟空ははやくも食欲を刺激されたらしい。屋台のあちこちを指差して、しきりにねだっている。

 悟浄も もの珍しげに周囲をみまわしている。
意外にも、みんな 祭りなどの行事とも無縁だったようだ。そういうイミでは旅に出る前は僕が一番世間に合致した生活をしていた。

「あれなに?。ホンモノの銃か?」
「ニセモノですよ。弾はコルクなんです。並んでる商品に当てて、倒せばもらえるんですよ」
 射的の屋台について教えてやると、悟浄はオモシロそーだなぁ、とつぶやいて三蔵を見た。

「なーさんぞー、俺、アレやりたいんだけどー」
 いいトシして小銭を無心する男というのもカッコ悪い・・・、なんとなくおかしい。
 悟浄がやるとタチの悪いヒモみたいだ。

 この旅に出て、当然僕たちは働いてはいないため、金銭面では三蔵(というか三仏神)にお世話になっているのでしょうがないのだが。

 
「ウゼぇな。・・・カードで払えんのか?」
「カードはムリでしょうね」
 屋台ですから、と僕は口を挟む。それから、小銭の入った小さな袋を三蔵に渡した。
「そう思ってさっき両替しときました」
 メンドくさくなったらしい、三蔵はその金をそのまま悟空にスルーした。彼自身はあまり屋台に興味をそそられなかった様子だ。

「ちゃんとわけろよ」
 悟空はわー、と喜んで、さっそく袋を手にジュージューと鉄板焼きの香りがこおばしい焼きイカの屋台へダッシュしていった。やっぱり素早い。

「あっ!、おいサルっ、金全部もってくんじゃねぇっ!!」
 慌てた悟浄が追いかけていく。
辺りは人が多く、長身の悟浄の赤い髪がなんとか見えるが、悟空は完全に埋没してしまった。







「アホだな、ほんと」
 三蔵が愛想がつきたといわんばかりの呆れガオでつぶやく。
「お祭りですから。三蔵、僕たちも行きましょう」

 僕は笑って三蔵の手をとると、さっさと悟空たちと反対方向に歩き出した。
仕組んだとまでは言わないが、せっかくふたりになれるチャンスだ。有効利用させてもらいたい。
 あの様子じゃふたりともしばらく屋台にかじりついてるだろうし。


「どこに行く気だ?」
 とりあえずついてきてくれながら、三蔵が怪訝そうに尋ねてくる。
僕相手だと、三蔵は触れられた手を乱暴にふりほどくことはしない。それは分かっていたけれど、少し複雑な思いにかられた。

 けれど、そんな感情は微塵も出さずに答える。
「屋台よりメインは花火でしょう。いい場所をとらないと」


 もうだいぶ日も暮れている。打ち上げが始まるのも じきだろう。少し大きめの声でないと、会話もしづらい人ごみだ。

「いい場所?」
「きっと朝から場所とりしてる人もいますよ。今からじゃ座って見られないかもしれませんね」
 そういうものか、と三蔵はつぶやいた。


 ふたりで広場を進んでいく。
あまりに人の多い所を避けて歩くうち、ちょうどよい穴場を発見した。
 ここなら空もよく見えるし、わりと近そうだ。




 その場におちついて しばらくたったところで、どこかに設置された複数のスピーカーから割れた声が響いてくる。
 花火大会の始まりを告げるアナウンスのようだ。あちこちから拍手があがる。


 そして、一瞬の静寂のあと、
濃紺の夜空に一筋の光があがり、
大きな音とともにキレイに円形の花火が上がった。



「・・・・・・すごいな」
 三蔵が紫色の目をかすかに見はって空を見上げた。


 それから、今度は二連の花が咲く。
赤と黄色と・・・。
久しぶりに見る花火に、僕もなんとなく言葉をうしなってしまう。












 ――― 初めて花火を見に行った時。
隣にいたのは、『彼女』だった。




 花火が見たいといったのは彼女だった。
二人で生活を始めて、しばらくしてのこと。
 僕がつとめていた学校がちょうど夏休みに入って、長めの休暇がとれた。
初めて見る花火に、ふたりして騒いだ。


 その旅行で空っぽになった財布を見て笑って、
『またいつか見にいきたいね。悟能』


 かなわない約束をした。











「キレイだな」
 黙っていた三蔵が、小さくつぶやいた。
三蔵は僕を見ずに視線を空に向けたまま。

「そうですね」
 そんな三蔵を視界に映していると、自然に笑みが浮かぶ。


 三蔵と会わなかったら。
彼に救われなかったら。

 こんな気持ちで、また空にあがる花を見上げることなど、できなかったろう。




「でもすぐに消えるんだな、花火ってのは」
 そこだけは少し気にいらない様子の三蔵に、
「火ですからねぇ」
 のんきな相槌をうつ。なんだか楽しくなって笑った。





 ふいに、
「で、俺になんか用か?」
「・・・え?」
 花火から、ようやく地上の僕に目をあわせた三蔵が、つまらなそうに言った。

 イミがとれなかったので聞き返すと、
「わざと悟空と悟浄から離れたろう。話でもあるのか」
 あるなら聞いてやる、と うながしてくる。

 どう答えたものか、と一瞬悩んだ時、また大きな打ち上げ音がして、三蔵は花火に目を戻してしまった。
 なんとなく、花火に負けた気がする。少し残念だ。

 そんな三蔵にちょっと仕返しをしたい、コドモじみたイタズラ心がわきあがる。
花火に向けられた端整な横顔に向かって、
「ふたりになりたかったんですよ」
 言ってみた。普段なら思っていても言わないセリフ。

「なんでだ?」
 まだ花火に目をやったまま、三蔵がおざなりに尋ねてくる。セリフから連想できるイミはとってもらえなかったようだ。予想はしていたが。


 もっと直接的な言い方に変えてみる。
「口説こうと思いまして」




「・・・・・・」
 沈黙の後、三蔵がやっと僕を見た。
あまり表情は変わっていないが、内心かなり驚いているのが分かる。


「・・・らしくないことを言うな」
 驚きから不機嫌にスムーズに移行した三蔵が、毒の入った声で吐き捨てた。

「そうでもないですよ。最初から、花火大会にかこつけて近づこうと思ってたんです」
「そうは見えねぇな」
 アッサリと、三蔵。
本当にそう思っていないのがよく分かる。



 それが嬉しいと思った時期もあった。
あなたが、僕を信頼してくれていること。
 そばにいさせてもいいと思っていること。
ほとんどの人間が許されないパーソナルスペースに僕を許してくれていること。



 でも今は。
僕にはそれが悲しく感じられるんですよ。





 また花火が上がった。
今度は三蔵は僕を見たままだ。不可解げに眉を寄せている。
 なんで分かってくれないんだろう、身勝手な理由だけれどそれが悲しい。


「僕があなたを口説きたいと思うのはヘンですか?」
「・・・・・」
「あなたは、僕のことは警戒してない。悟浄が触れるのをイヤがるのは、意識しているからでしょう?」
「・・・・・・・」
 僕の言葉に、三蔵がなにか言おうとするより先に、なおも続ける。 

「僕のことはそういう対象から外してる。あなたは、僕があなたに危害を加えないと思ってる」



 ――― 信頼されているのは嬉しい。
でも、意識の外にあるのは、警戒よりも遠い気がする。



 僕は、三蔵に『彼女』のような想いを求めている。
『彼女』にとって僕は特別だった。
 三蔵に、僕を想って欲しい。
僕が三蔵を想うように。





 ――― 欲しいのは、信頼よりも恋心。





 強く三蔵の腕をひいた。
「・・・っ!」
 法衣の上からでも、骨っぽい細い感触が伝わる。
まさか僕にそうされるとは思わなかったからだろう、カンタンにバランスを崩した身体をつかまえて、強く抱きしめる。


「僕だって、安全な男じゃないんです」

 衝動がおさえきれなくて、そのままキスをした。
どうせまわりの人々も上を見上げているから、見咎められることもない。


 初めて触れた唇は、やはり三蔵らしく、冷たかった。


 キスの間に、打ち上げ音が響く。
夜空が一瞬明るくなる。
今まで単発だったその音が、連続してハデに鳴り出した。



 すると、


ドカッ


 とっさに両腕でガードしたので大事無かったが、いきなり強いケリが上体めがけてはいった。


「離せっ!!!」
 拘束がとれたスキに三蔵が身体を離す。怒って銃を取り出すか、どこかへ行ってしまうかと思ったが、予想に反して、そのまま夜空を見上げたのに驚いた。



 ―――・・・つまり・・・

 ―――・・・花火が見られなくて怒ったんですね・・・・。


 ホッとしたような、落胆したような・・・。



「スターマインっていうんですよ。連続して打ち上げるのは。これで終わりみたいですね」
 一番の盛り上げどころだから、時間からみてクライマックスだろう。

 ポンポンと間隙なく打ち上げられていく花火。
小さめのものが多い中、大型のものも交ざっていて華やかなことこの上ない。
 ずっと花火が開いている状態なので、空は昼間のように明るい。

 最後にひときわ大きな花火が上がり、それが空気中に霧散したあと空は静かになった。
 やはりこれで終了らしい。
辺りから大きな拍手がわきおこり、僕もそれに追従して手を叩いた。




 隣の三蔵を見る。
花火の余韻の煙がただよっている空を、なんとはなく見ている三蔵。
 意外にも、機嫌はそう悪くないようだった。
あんなことして怒ってないはずがないと思ったんだけど。

「三蔵?。そろそろ帰りますか」
 声をかけてみる。
怒っていたら 邪険にニラまれるか無視だろう、と覚悟していたのに、さらに意外なことに三蔵は首を横にふった。動く気はないらしい。

 周囲の見物人たちは、大会が終了するとさっそく立ち上がって河原から土手の道へと歩き出している。この後 屋台や酒場に流れるのだろう。



 そして、ひと気がすくなくなった頃、ムスッと黙り込んでいた三蔵は、少し逡巡したあとに やっと薄めの唇を開いた。

「下僕の中じゃ、お前が一番マシな方だ。そういうイミじゃ少しは信頼してやってる」
 愛想のカケラもない冷たい声で。

「だから、お前が俺に危害を加えるとも思ってない」
「三蔵?」

 たった今、安全だと思っていたハズの男に何をされたか、忘れてるはずもないだろうに。
 彼の言葉の深意がつかめない。



 そんな僕の様子に、三蔵は悟空がダダをこねた時に見せる表情――つまり、あきれはてたような――を浮かべた。



「危害じゃねェって言ってんだよ。そんなこともわかんねェのか」



「・・・・・・・・・・」



 ――― それは。
都合よく解釈してしまって・・・いいんだろうか。





 そういえば、抱きしめた時も、キスした時も、三蔵は抵抗しなかった。
『危害』だとは、『イヤ』だとは思ってないから――――?。



 僕が近づいても、触れても、警戒しないのは、そういう対象だからじゃないと思ってた。
 信頼はもらっていても、僕のことをそういうイミで見てはくれていないと。



 ――― 逆だったんですか。




 乱暴な言葉で伝えてくれた三蔵に、思いがけない暖かな気持ちが広がる。
それと同時に、イジワル心も起きてしまうのは、もう性分だからしょうがない。


 僕はニッコリ笑って三蔵の手をとった。
「よく分かりましたよ三蔵。僕のすることが危害じゃないということは、僕はあなたに何をしてもいいワケですね」
「あぁ?!!、なっ何言ってやがるっ!!。そんなイミじゃ」
 白い肌がはっきりと赤くなったのが、夜目にも分かる。
めったに拝見できない狼狽した様子にますます楽しくなって、今までのユウウツなど消えてなくなっていく。咲いた後の花火のように。



 軽くあごをとらえて仰向かせ、
「じゃあさっそく」
 二度目の、キスをした。



 抵抗しないのが、三蔵の答え。











 知りませんでした。
僕が思っていた以上に、あなたは僕を『特別』に想ってくれてたんですね。

 僕が近づくのも、触れるのも、抱きしめたい下心も、『そんなことされると思ってない』、じゃなくて、僕だから許してくれてたんですね。


 人生二度目の花火大会も。
僕にとって、忘れられない日になりそうです。













「・・・・・・・・・・・あれ?」
 照れたのか、僕より数歩先を早足で進んでいく三蔵の後ろ姿を幸せ気分でみつめていた僕は。

 ふと、気付く。

 でも、最初にキスした時、『離せっ』て、強い剣幕で怒鳴って、危うく悟浄の二の舞――― ケリのえじき―――になるトコだったんだけど。キス自体をイヤがってなかったのに、あれは・・・・・。




「・・・・・・・・・・」


 なるほど。
・・・・・スターマインのせいってことなんですね。





 とりあえず、僕の下心に気付いてはくれたみたいなんですけど。
三蔵の中で、僕より花火の方が大事、ということも思い知って、なんだか痛み分け、といった気分だった。














〜蛇足〜


「おいしーっ!!!。あ、オジサン、この桃まんもちょーだいっ!!」
 もらった小銭で、並ぶ屋台をかたっぱしから制覇していく孫悟空と。


「あーくっそーっ!!、今の、あと1センチで倒れたと思わないっ!!?、オヤジっもう一回だっ!!」
 案の定、射的ゲームに大ハマリし、欲しくもないオモチャ獲得に必死になっていた沙悟浄が。



 大好きな三蔵法師と腹黒カッパの猪八戒の姿が見えないのに気付いたのは、花火大会すら終わりかけた頃だった。


 何かに夢中になると雑音が聞こえないふたりのムダ集中力によって。
 結局彼らは、貴重な打ち上げ花火も見られなかったのだった。





END




 
 チヒロ様のリクエスト、『八戒×三蔵で花火がテーマ』でした。
 「花火が最遊記ワールドにあるのか?」、というチヒロ様の掲示板でのご意見が面白くて、『あるけどとても貴重なもの』になりました。火薬とか、輸入してんじゃないですかね(←どこから?)。
By.伊田くると




悟浄「で、花火って結局なんなんだ・・・?」
悟空「・・・・なんだろ?」
三蔵「・・・・・・・・・・・・・・・・(大バカだな、こいつら)」
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